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吉村昭著「関東大震災」と私 [関東大震災]

吉村昭著「関東大震災」読後感

 私の父は当時12歳の少年で、父母、姉、妹3人の計7人家族で本所区(現在の墨田区)に居住していた。1923年(大正12年)9月1日午前11時58分32秒、皆が昼食の支度をしている最中に関東地方を巨大地震が襲い、一瞬にして木造家屋は破壊された。「襖が外れ、押入の天井から空が見えた」と後に伯母が述懐した。幼い末の妹を背負った母親、姉、妹とともに手を取り合って避難した父達は、当時広大な空き地であった「陸軍本所被服廠跡」を目指した。そして、3万8千人の死者を出した本所被服廠跡の惨劇に巻き込まれていく。まだ幼い4人の兄弟は、押し寄せた群衆の中で母親とはぐれてしまう。母親と幼い妹は被服廠跡を繰り返し襲った業火に焼かれて亡くなったが、4人の兄弟は奇跡的に生き残ることができたのだ。被服廠跡には4万人が避難し3万8千人が死亡。かろうじて2千人が生き残った。

 父は震災の様子や奇跡の生還劇の話を私たち家族には一切しなかった。関東大震災から28年後に生まれた私にとっては自分の存在がかかった大事件であるとは意識せずにこれまで生きてきたが、3.11の東日本大震災をきっかけに吉村昭著の「関東大震災」を読むことになった。そこには、近所のおじさんや伯母達から聞かされていた大震災の様子が、事細かく記述されている。

 本の書き出しは、大正4年におこった群発地震が大地震の前触れであると予想した今村助教授と、その発言が社会を混乱させるもとであると非難した地震学の第一人者大森教授との論争から始まる。今村助教授は大胆にも過去に江戸を襲った大地震の統計から100年周期説をとなえ、今後50年以内に東京が大地震に見舞われると予測。大森教授は「過去の地震発生を統計的に研究し、それを唯一の根拠として地震の到来を予測することに深い疑問を抱いていた。関東大震災の到来により今村説が実証された訳だが、これは結果論と言えなくもない。注目すべきは、地震学者が発する警告を、社会の側がどのように受け止めるかという問題ではないだろうか。大森教授は社会的影響や社会の混乱を回避するため、今村教授の発した警告を封じようとした。まるで、福島第一原発の事故後に原子力の専門家と称される学者達が安全を強調する発言を繰り返した事と根は変わらないように感じる。

 被災地域ごとの被害データと、体験者からの聞き取り取材により浅草吉原公園、上野公園など各地域の被災状況が生々しく描かれている。特に本所被服廠跡での惨状描写には多くのページを費やしている。大勢の人が逃げ惑う様子や炎に焼かればたばたと倒れていく中で証言者達がどのように生き残ったのか。他方で3万8千人がどのように死んでいったかの描写から、なにが生と死を分けたかが伝わってくる

 さらに、地震後の火災が鎮火すると、今度は様々な流言が拡大し、住民を守るために自然発生した自警団の話や、情報の混乱から結果的に新聞が流言の伝播を助長した話、流言が広がる中で甘粕憲兵大尉等による大杉栄殺害事件と実行者の軍法会議の話、膨大な数の死体をどのように処理したか、震災後の人心の乱れから詐欺や買い占めなど多発したことなど、地震災害がもたらした事実を多面的に描くことによって、関東大震災という事象が立体的に浮かび上がる。
 読み終えてしばし呆然とした。生還者の話が父や伯母達の姿に重なった。12歳の少年にとってなんと過酷な経験であったことだろう。そして、何故父が震災の話を避けていたのか理解できるような気がした。
関東大震災 (文春文庫)
  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2004/08
  • メディア: 文庫

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oyaji

 私の父は、当時5歳で、やはり本所に住んでいたのですが、「陸軍本所被服廠跡」に逃げると良い、という情報を得るのが遅く、一家がそこに着いた時にはもう避難者で一杯。
 やむなく、別の場所に避難せざるを得なかったのですが、後で、あの人々のほとんどが焼死したのだ、という話を聞いた訳です。
 おそらく5歳児としては、実際に多くの被災者を見ただけでなく、自分が見た膨大な数の群集が皆焼死した、そして自分のそのひとりになるはずだった、という事実に直面しました。
 その後、召集令状を受け取り、南方諸島でコレラで死に掛かる訳ですが、どうにか無事に生還し、私という子どもを持ったのでした。
 大正時代に生まれた男の人生ですが、おそらく明治生まれの祖父よりも苦労が多かったと思います。(まるで昭和生まれの私の人生が気楽な稼業だったのに、平成生まれの子どもたちの人生が苦難に満ちているように。。。)
by oyaji (2011-12-14 21:20) 

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